うつ病が抑えきれなくなった日。私がお医者さんに行く決意をした一日を振り返ってみる。

うつ病だった時のこと

こんにちはめいです。

私は公立高校の教員だったのですが、2016年の10月からうつ病で病休をとりました。時間軸をまとめてみると

2016年 6月 心療内科に最初の受診

2016年 10月 病休開始

2017年 1月 復帰訓練に取り組むも失敗

2017年 9月 退職

こんな感じです。今日は6月の「心療内科に最初の受診」あたりのことをくわしく書いていきたいと思います。

うつ病が抑えきれなくなった日。私がお医者さんに行く決意をした一日を振り返ってみる。

それ以前も急な気分の落ち込みなどがありましたが、1日耐えるとどうにかなっていたので、それでやりすごしていました。

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土日寝込む

6月の1週目の土曜日に体育祭がありました。それが終わって帰ってきて、疲れてしまって動けません。日曜日も布団から出られず、ゴロゴロしていました。ただ休日にガクンと体調が悪くなることは昔からあったのでそんなに気にしませんでした。

体調が悪くなるというのは具体的にはこんな感じです。

・半端ないだるさ

・トイレに行くのも嫌なくらいすべてがおっくう

・体が重い

・頭が痛い

・死にたいくらい落ち込む

・とめどなく流れる涙

ちなみにこの「ガクンと体調が悪くなる」現象を当時の私は「嵐」と呼んでいました。嵐が来ると体調はめっちゃ悪いのに精神的にはイライラしたり攻撃的になったり、とにかく自分の感情がコントロールできなくなるので、ひたすら布団に横になって、嵐が過ぎ去るのを待っていました。

月曜日になっても動けない

普通嵐は1日で過ぎ去っていくのですが、この時は月曜日になっても具合悪いままです。どうしよう学校行かなきゃ!と思いますが、起き上がれません。足がしびれて力が入らないし、頭を上げるのも辛い。学校に連絡を入れてお休みをもらいました。

休むというのはすごい罪悪感を伴うものです。特にうつ病の場合朝が一番辛くて夕方くらいに元気になるので、夕方くらいに「頑張れば行けたんじゃないか」と猛烈に後悔するのです。

火曜日になっても動けない

明日は絶対学校に行くぞ!と思って眠ったのですが、火曜日も同じような状況です。どうしよう学校行かなきゃとは思うのですが、涙はわんさか出てくるし、足は萎えてるし。火曜日も休んでしまいました。

水曜日に無理やり出勤

「先生が3日も休んではいけない」みたいなことを思っていたので、水曜日は同僚の先生に迎えに来てもらって車で学校に向かいます。学校に向かう途中の車内でまた号泣。私を車に乗せてくれた先生はビックリしていましたね。そりゃそうだ。

でも無理くり学校について、ちょっと車の中で落ち着いてから職員室に向かいます。職員室に入ると

「休んでたけど大丈夫?」

と心配してくれる先生もいて、みんな優しいですね。でも当時の私は2日休んだことを責められているようにしか聞こえませんでした。職員室の自分の席に座り2日分の溜まった仕事と今日の授業の予定を考えて絶望。

私の学校では、先生が休んだ場合はその先生の授業は自習になります。自習と言っても課題があり、生徒はその課題をやって提出します。その提出された課題は休んでいた先生の机の上においておいて、休んでいた先生が後日それをチェックするんです。

2日も休んでいるとその自習課題が6クラス分くらい置いてあるんですね。6クラス分のチェックをすると思ったらすごく萎えました。

とりあえず最優先は授業の準備なのですが、いつもなら15分くらいでできる授業の準備が果てしなく手間に思えて固まってしまいました。そしてまたあふれてくる涙。

保健室に駆け込み号泣

ヤバいよヤバいよ泣いちゃうよどうしよう

ということで保健室に駆け込みます。保健の先生の居る前で大号泣。保健の先生もビックリしていますがどうしようもありません。そのまま泣き続けました。泣き方も涙をぽろぽろ流すような泣き方ではなく、しゃくりあげまくっての大号泣です。

保健の先生は校長先生を呼んできてくれ、校長先生の車で県庁の保健師さんのところに行くことになりました。

校長先生が県庁の保健師さんのところにつれてってくれる

県庁にはうつ病の相談などに乗ってくれる保健師さんがいます。県庁まで高校から40分くらい校長先生とドライブです。校長先生も忙しいのにホント申し訳ないなあという感じです。この時はおそらく乖離状態(幽体離脱しているみたいに記憶があいまいになったり自分のことじゃないようにかんじること)だったのだと思うのですが、ただただ呆然としていました。

車の中でいろいろなことを聞かれた気がしますが、よく覚えていません。ひたすらどうしよう、もう本当に嫌だなと思っていました。

その場でカウンセリングを予約

県庁に着くと保健師さんとの面会です。その間校長先生は廊下で待機していてくれました。保健師さんにはここに来るまでの経緯を聞かれました。それでその場で「県の職員の保健・福利ブック」みたいな冊子を渡されました。私が教員をしていた県は福利厚生の一環としてカウンセリングを3回まで無料で受けることができます。

冊子にはカウンセリングを受けられる病院が掲載されていて、家からなるべく近いところで予約を取るように言われました。一番近いところに電話をかけてみましたが、1週間待ちと言われました。他のところにかけても同じような回答です。

電車で2駅くらいのところにある病院では「最速で明後日可能です」と言われたのでそこにお願いしました。

その後、保健師さんにいろいろ聞かれました。

・ここに来るまでの経緯

・「嵐」のこと

・仕事のこと

・家族関係

その他もろもろ

1時間程度話して、その日は帰りました。この保健師さんとはこれ以降かなり長く付きあうことにないます。校長先生が家まで送ってくれて、その週は休むことになりました。

この1週間のことはあまり記憶が鮮明でないです。とにかく不安でした。ただうつ病になるかもなということはかなり前から考えていたので、「ついに来たか・・・」という感じでした。この時は何も考えることができなかったので、「ついに来たか・・・」と「どうしよう」が頭の中をくるくる回っていました。

「あ~どうしよう」

「ほんとやだな」

「死にたい」

「みんなに迷惑かけちゃうなあ」

「あ~どうしよう」

こんなことを思いながら部屋の天井を眺めていました。

後日カウンセリング後お医者さん

そして予約していたカウンセリングの日。夕方だったので自力で向かうことができました。当時の私はカウンセラーと心療内科医の区別がついておらず、カウンセラーが薬の処方をできると思っていました。そしてカウンセリングでも

・仕事のこと

・家族のこと

・カウンセリングに来るまでの経緯

・「嵐」のこと

などを聞かれ、カウンセラーさんに「投薬治療が必要だと思う」と言われました。その病院は心療内科もあったので、その日のうちに心療内科の先生に診察を受け、お薬をもらいました。

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